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みんとのつぶやき

読んだ本、聴いたCDの感想などをつらつら書いています。

以前の旅行で思ったこと

雑記

 今日、久しぶりの友人と会った。近々、仕事でインドネシアへ行くとのこと。かなり前だが、私がバリへ旅行に行ったときの印象を質問された。
 バリに行ったこと自体、しばらく忘れていたのだが、でてきた答えは綺麗な景色でも、ダンスでもなく「人々の生命力の強さが強い」だった。生命力、というと聞こえはいいが、要は、規則等にとらわれず、自分のために主張する力の強さ、といったことだ。
 バリ島内での日帰りのバスツアーで、ある有名な遺跡を訪れた。遺跡への入場自体は無料のはずで、ガイドブックにもそう書いてあるのだが、実際には、近所の子供たちが「自分たちの誰かをガイドとして雇わないと遺跡には入れない」「入場とガイド料で500円(相当の現地通貨額)だ」という。日本円で500円は高くないだろう、ともいう。実際、その金額を言われるまま支払っている観光客(見た感じでは、世界各地から)がほとんどだった。
 それまでのバリ島滞在数日で、バリもしくはインドネシアと日本の通貨価値がかなり違うことを実感していた。日本円の500円が、インドネシア通貨では20倍、30倍、比べる対象によっては100倍になることもあった。100倍だとしたら5万円、20倍でも1万円である。500円は払えない金額ではないが、言われるままお金を払うことによって結果的にその子供たちをスポイルすることになるのでは?その親御さんたちは、一日働いておそらく得られないであろう金額を、脅しスレスレで巻き上げるのに支払うことによって加担するのはどうなのか?また、「日本人は裕福だからそのくらい出せるだろう」とも言っていた。つい、「みんなが裕福なのではない。少なくとも私は裕福ではなく、日ごろ一生懸命働いて、お金を貯めて、やっと旅行にきているのだ。」と言い返した。しかし、言いながらも、この子供たちの暮らしを見たことはないにせよ、遺跡でガイド料をふっかけている子供たちより、私ははるかに恵まれた環境にいた、もしくはいるのはほぼ間違いなく、反論も意味のないものいいだとは感じてはいた。
 あの子供たちの眼光はとても鋭かった。それを「生命力の強さ」と表現してよいのか疑問は多少感じるが。そのほかにも騙されそうになったり騙されたりすることがバリ島では多く、景色よりも、食べ物よりも、よく見に行ったダンスよりも、そういった、人々の接し方のほうが印象に残っている。私が騙しやすく見えるのかもしれないが。この後に旅行に行ったのがハワイで、ハワイの場合は通貨価値について気にする必要もほぼなく、おかしい要求に出会うこともなく、安心して楽しめた。その分、全体的に高いが。この辺が、私の人間の小ささなのだろうか。